初級から初中級へ差し掛かるル・クーペの「ピアノの練習ABC」(全音では「ピアノのアルファベット」を終えると、同じくル・クーペ著の「ピアノ練習ラジリテ」を選択肢に入れる人もいるでしょう。
ピアノの練習ラジリテの内容
概要
ピアノの練習ラジリテは、フランスのル・クーペによるエチュード(練習曲集)です。
「ピアノの練習ABC」よりテクニック的に鍛える内容となっていて、ABCが教本の域だとするとラジリテはエチュードの域に入っているので、初中級の後半から中級への入り口的な存在でしょう。
また、日本ではツェルニー30番練習曲に入る前に使うという習慣が昔から長くあるので、今でもそのような順番で使われることもあるでしょう(このあたりの教本や練習曲集の順番については教則本の系統についてをご覧ください)。
曲の長さと特徴
ラジリテは本格的なエチュードへの第一歩といった内容で、16分音符によるスケールで構成された曲が中心となっています。
その他に、指かえによる同音連打や半音階、メロディーラインを構成する音とそれ以外の音を区別しながら弾く練習なども含まれています。
1曲は1ページから2ページとなっていて、それほど長くなく譜読みも比較的容易だと言えるでしょう。
各練習曲をチェックする
25曲の中から、いくつか特徴があったり上達に効果的な練習曲をみてみましょう。
- 1番
- Cメジャー(ハ長調)の基本的なスケールの練習曲です。指を無駄なく素早く動かしてきれいにスケール的な動きの曲を弾くための練習曲は、どんな練習曲集にも入っているのでこの曲もそれらと比べて特に違いは無いかもしれませんが、途中で一時的に3声部になっているところもあります。
- 3番
- Fメジャー(ヘ長調)のスケール的エチュードです。左手にも少しスケールが出現するのでいい練習になります。また、フォルテからピアニシモまでの幅広いデュナーミクにも注目です。
- 4番
- 右手が2声部になっていて、8分音符の音がメロディーのラインなので目立たせて、それ以外の16分音符は控えめに弾く練習です。こうした練習は本格的な曲を弾くためにも良い準備になるので効果的です。
- 6番
- Gメジャー(ト長調)のスケール的エチュードです。仕上がりになってきたらレッジェーロの軽い感じできれいにまとめてみましょう。
- 7番
- 同じ音を指を替えて連打する同音連打ですが、その連打の中にメロディーラインが存在する曲となっているのが少々難しいところです。最初は遅めのテンポで8分音符と4分音符のメロディーをかなり意識してみましょう。
- 8番
- Dメジャー(二長調)のスケール的エチュードです。16分音符の動きは右手のみなので物足りないようにも思いますが、左手のフレーズ感や部分的に声部が分かれているところにも注目しましょう。
- 9番
- アルペジオの練習です。流れるようにきれいに弾くことを目的としていると思いますが、それほど難しくはないでしょう。
- 10番
- Aメジャー(イ長調)のスケール的エチュードです。16分音符を指を素早く無駄なく動かすことが大事ですが、16分音符を担当していない側の手も声部練習も兼ねていて、ほとんど全部が3声部なのが特徴です。
- 13番
- B♭メジャー(変ロ長調)のスケール的エチュードです。手首を楽にしてきれいに弾きましょう。
- 14番
- 右手の半音階の練習です。指使いは4も多く使ったり頂点で5を使うように指定されているので、まずはこのとおりにやってみると練習になっていいでしょう。
- 18番
- 1指が中心となって弾くアルペジオの練習です。手首に余計な力を入れずに楽にして弾くことが重要となります。
- 19番
- Eメジャー(ホ長調)のスケール的エチュードです。こうしたスケールエチュードはかなり速く弾けるまで練習することがその後の上達につながります。
- 21番
- 3度を分散させた音型を弾いて指の均等な動きを目指す曲です。この練習は楽譜の見た目よりもきれいに弾くことが難しいので、最初はゆっくりとしたテンポで確実に弾くことが重要です。
- 22番
- A♭メジャー(変イ長調)のスケール的エチュードです。こうしたエチュードに慣れてくるとかなり速く弾ける人もいると思いますが、ミスや音の粒の不揃いがあるうちはテンポを上げても意味がありません。逆にしっかり弾ける人はテンポを上げて仕上げましょう。
- 23番
- 半音階の練習です。左手にも半音階がたくさん出てくるので良い練習になります。半音階はこうした練習曲であらかじめ慣れておくとロマン派の曲を弾くときにも役立ちます。
特徴と有効性
本格的なエチュードへの第一歩と言っても、「ピアノのABC」の次の段階としてエチュードなので特別困難な動きなどは無くスムーズな練習曲となっていますが、全体の特徴や有効性を見てみましょう。
- スケール(音階)を中心として内容
- ラジリテは全体の内容としてスケールをきれいにある程度の速度で弾くことを1つの目的としているので、指の素早い動きの習得と強化のためにスケールをたくさん弾く練習をするには使いやすい練習曲集です。
- 3声部
- 16分音符で動いている部分に気を取られがちですが、多くの曲で部分的にでも3声部になっているところに注目してみましょう。
- 曲の雰囲気
- 指を素早く動かすためのエチュードですから、1つ1つの曲はそれほど凝った内容ではありませんが単純な中にも少し工夫されている曲が多く意外にも綺麗に響きます。当然ながらそれを体験するためには練習を重ねてある程度の速度で弾く必要があります。
- 技術
- 手の交差、装飾音符、多声的音楽、特定の指を保持しての奏法など、いろんな要素があるので、1冊を終える頃にはかなりに技術力がつきます。3拍子の曲が多くのも特徴です。
このようなところが、ピアノ練習ラジリテの主な特徴だと思います。同じくル・クーペの教本でありラジリテの前段階であるピアノABCと比較するとテクニック的な要素を前面にしていますが、ツェルニーシリーズよりも少し曲の雰囲気があるので使いやすいと感じるかもしれません。
不満な点
上記のような特徴を持ったラジリテは、指の華麗に動かす練習の第一歩として有効ですが、いくつか残念な点もありそうです。
- やはり練習曲集
- ツェルニーなどよりも曲の雰囲気が幾分あるとは思いながらも、指を素早く動かすためのエチュードなので、やはり単純にスケール的内容になってしまうのは、もはや宿命とも言えますので正直言って面白くないと思う方がいる当然でしょう。
例えば同レヴェルに位置づけられることもあるブルクミュラー18の練習曲が曲想も様々なエチュードであるのに対し、ラジリテはテクニックに焦点を絞っているのはツェルニーに似ていなくはありません(逆に考えると、そうしたテクニカルな面に絞ってあるから使いやすいという人もたくさんいるでしょう)。 - 左手の活躍が少ない
- ツェルニー30番などもそうですが、この種のエチュードは主に右手の指を動かす内容になっていることが多く、ラジリテは左手にも16分音符が登場する曲はかなりあるものの、それでももう少しあってもよさそうな内容です。
- 広いアルペジオが少ない
- スケールや同音連打が中心の内容となっていて、この種のエチュードとしてはアルペジオが少ないように思います。ただし、これはこうしたエチュード系が初めての人への配慮なのかもしれません。
このようなところに少し不満を感じます。これらはいずれも他の曲集などで補うことができますが、使用の目的をはっきりさせた方が使いやすいエチュードです。
効果的に使用するには
以上にように有効性と不満点をみてきましたが、どのように使用すると効果的でしょうか。
ピアノのABCやブルクミュラー25練習曲などからラジリテに進んだ時に、急に難しくなったと感じることがあるかもしれません。
実際には急にレヴェルアップしたわけではなく、16分音符のスケールを均等に弾いていくような作業が前段階のABCやブルクミュラー25にも合ったわけですが、それが曲の一部分だけだったためにラジリテのように曲の冒頭から最後まで続くパターンに慣れるのに時間がかかることがあるでしょう。
こうしたエチュードを上手に使っていくためには、譜読みを完全にして曲全体を把握することが重要です。数曲譜読みをしてみると、ラジリテは困難な動きは少ないので、音を鳴らすだけなら全然難しくないことがわかるでしょう。
テクニックの練習のためなので、ひと通り弾けた後はテンポを上げていく必要があります(版による速度の違いは下の補足説明を)。
速度をあげるといっても弾けていない段階からテンポアップしたり、テンポを上げてリズムが崩れたり指の動きにバラつきがあっては不十分ですので、まずは余裕で弾けるテンポで指の動きを確認しながらスムーズに弾けることを心がけましょう。
他にエチュード集を併用している場合や、ハノンやバーナムなどのテクニッック系の本に充分にやっている場合、ソナチネアルバムなどでスケール系の多い曲をたくさんやっている場合などは、このラジリテの25曲全てをやるのではなく、他の練習曲やテクニック本に含まれていない傾向の曲を半分くらいを抜粋でやっていっても良いでしょう。
補足説明
ラジリテは、日本では主に音楽之友社の安川版(以下「音友版」)と全音楽譜の田村版(以下「全音版」)が出版されていて基本的に内容は同じですが、指定のテンポに違いがあります。
例えば、1番は音友版では四分音符=120 ですが、全音版では四分音符=138 となっていて、全音版はかなり速めです。この傾向は25曲全てで同じで、音友版は全体的に全音版の8割〜9割ほどの速度となっています。
テクニックを向上させるためのエチュードですから指定のテンポに近づくために練習するのは当然ですが、全音版のテンポは少し速いように思います。全音版のテンポでラジリテが弾けるのであれば、それはラジリテを弾くレヴェルよりも一歩進んでいるので、もう少し高度なエチュードでも良いでしょう。
ですから使用の目的や使用者の実力にもよりますが、ラジリテが初めてのテクニック的な練習曲集という方や指まわりがそれほど素早くない方は、指のスムーズな動きと無理な力の入らない弾き方を重視して、音友版の8割程度の速度、全音版の7割程度の速度で仕上がりにしても良いかと思います。
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