古典的な初歩・初級のピアノ教則本・練習曲の多くは、ハ長調の曲またはシャープとフラットが1個までの調が大半なので、少しずつレベルアップしていく過程でシャープやフラットが多い調になると、どうしても「難しい」とか「譜読みが面倒」といった抵抗感がある人もいるでしょう。
そこでピアノ初級の段階にバーナムピアノテクニック全調の練習(茶色の表紙です)を補助的に取り入れていると、簡単な曲の内容で無理なく全調を弾くことができます。
2010年に改訂版が出版されて、調の説明が書かれるなど使いやすくなりました。
バーナム全調の練習の概要
アメリカの作曲家でありピアノ教育家の エドナ メイ バーナム 氏によるピアノ教則本はバーナムピアノテクニック(バーナムピアノ教本ではなく)が有名ですが、この「全調の練習」もそのシリーズの中の1冊です。
題名にあるように、長調と単調の全調を扱っていて、現代の平均律ピアノでは実用的には同じ調として省略されてしまいがちな調性(例えばフラット5個の調と、鍵盤では同じになるシャープ7個の調など)も省略されずに扱われているので、全部で長短30の調を弾くことができます。
16分音符や3連符などの動きもありますが、程度としては初級教則本です。ピアノ初級段階から全調の曲に慣れる事がひとつの目的なので、比較的簡単に弾けるものばかりです。
内容を確認
本を開くと、左ページに長調の曲、右ページに平行の単調の曲という組み合わせです。
調号の数 | 左ページ 長調 | 右ページ 短調 |
---|---|---|
シャープ・フラットなし | ハ長調 (C) スーパーマーケット | イ短調 (a) 床屋 |
シャープ1個 | ト長調 (G) 小型自動車 | ホ短調 (e) ポンコツジープ |
このようにシャープが増えていき、シャープ7個の長短調まで行くと、またハ長調とイ短調の曲を弾いてから、フラットが1つずつ増えていく構成になっています。
曲の特徴
全ての調性の曲が単純に並んでいるわけではなく、各曲はその調性に合った雰囲気に工夫されていて、簡単なイラストと題名もつけられています。
題名の多くが並んでいる長短の調で関連性を持たせており、
例えばシャープ5個では長調が「ミシンでぬおう」が活発な曲、短調が「手でぬおう」でゆっくりとした曲などと、子供にもわかりやすい対比となっています。
有効性と不満点
生徒の使用感や実際にレッスンで使用した印象なども踏まえての有効に活用できた点と、少々使いにくいと感じる点をあげてみます
有効に感じる点
1曲が6小節〜18小節と短めで簡単に弾ける曲ばかりなので、シャープやフラットが増えていっても、初級者にも抵抗感が少ないようです。調性についての理解が難しい年齢でも、感覚としてシャープやフラットの多い曲に慣れることができます。
曲が簡単といっても、左手の16分音符や両手の音階、手の交差と移動などのテクニック的な要素を含んでいるので、初級のピアノ教則本や練習曲集の代わりとしても普通に使用できます。
各曲の始めに、その曲の調の音階と調名、シャープやフラットが白鍵になる場合の注意などの、最小限の説明が書かれているので、弾く前に確認ができます。
シャープやフラットが同じ数でも長調と単調で曲の印象が異なることを、曲の題名と曲想でうまく対比させているので、曲のイメージをつかみやすいでしょう。
1冊を終えると、初級段階でも全ての調の曲を弾く体験をしたことになり、初級の方や大人の方にも自信にもつながります。
少し不満に思う点
この本に限らず、全調もの(24調も含む)の陥りやすい欠点として、似ている曲が複数存在しやすいことが挙げられます。このバーナム全調の練習の長調の曲では、
例えば、ハ長調・ト長調・ホ長調・ロ長調・変ニ長調の曲などが似たようなパターンです。これは悪いことではありませんが、もう少し配慮が欲しい感じはします(ただし、この本の場合は曲が簡単なのである意味仕方がないとは思いますが)。
長調と平行の単調という順(ハ長調とイ短調)にならんでいるので、同主調(ハ長調とハ短調など)という概念で勉強や指導がやりにくいでしょう。
また、短調は自然短音階しか掲載されていない。(この点は、他の音楽ワークブックやドリルなどを併用しながら学んでいくという方法も良いかと思います)。
曲の題名と曲想から、長調は明るくて活発であり、短調は暗めでゆったりといった、よくあるパターンの対比が多いのが少し残念です。
特に先入観や調の知識の少ないピアノ初級者に、指導者側が「長調は明るくて、短調は暗い」などという調の一面だけを強調して教えることはさけた方が良いでしょう。
曲集の特徴を踏まえたレッスンでの使用
上記に少し不満点なども挙げましたが、初級の全調教則本としては有用で使いやすい曲集であり、使い方を工夫すれば幅広くレッスンに使用できます。
初級くらいの人に
初級教則本レベルの人は、まずは長短の調を1セットで順に弾いていくだけでもいいでしょう。この曲集の特徴でもある弾きやすさを利用して、全調に慣れることが肝心です。
全て弾き終えても、シャープやフラットが多めの曲は何度か弾いてみたり、一定の期間は抜粋で練習してみるなど、調号を見るだけで手がその調の主音や主和音の位置を、ピアノの鍵盤上ですぐにつかめるようになれるといいでしょう。
当然ですが、テクニックと表現のための練習曲集ですから、かるくはぎれよくや力づよくなどの曲想の指示があるので、弾いてみた印象を大事によく考えて、楽譜上のスラー、スタッカートなどもしっかり弾くようにします。
テンポ設定は自由ですが、その曲に合った速さを選択してみましょう。例えば長調の活発な曲なら、4分音符が108〜152くらいのテンポで弾けるように、ゆっくりなテンポから速いテンポまでよく練習するとより効果的です。
もう少し弾ける人に
もう少しピアノが弾けたり、調の概念などの理解ができる年齢に達しているなら、活用範囲は広がります。
初見練習に使ってもいいでしょう。初見課題というと、やはりシャープやフラットが4つくらいまでの調で練習することがありますが、できれば全調で初見ができるのが理想です。そのために入門として、この簡単な曲集は使いやすいと思います。
曲集は平行調で関連づけられていますが、同主調での関連や属調や下属調などの、他の近親調での関連も深めていきながら、知識とピアノ演奏の両面を強化することに役立ちます(この点は、既に述べたように他の音楽辞典や楽典系の本、ワークブックなどと同時に進行して学ぶと効果的です)。
移調練習に効果的です。移調の練習というと、ハ長調の曲を他のいろいろな調に移調して練習することがありますが(最初のうちはそれでも良いですが)、この曲集は簡単な全調を掲載しているので、たくさんの調からの移調の練習に使えます。
どの調性からも移調ができるようになるための練習に、この短い曲集は非常に役立ちます。
たくさんの調を弾くことによって、黒鍵も多く使用しますから、「鍵盤のどの部分を弾くと弾きやすいのか」という、手と鍵盤の関係性にも気がつき、対応力のある手の育成にも役立ちます。
補足説明
初級の人はどうしてもシャープやフラットが多い調への抵抗感があるので、全調へ慣れて抵抗感を薄くするには使いやすい教則本でしょう。他に初級の教則本を使用している方でも、無理なく併用して進めていけると思います。
初中級から中級レベルくらいの人でも、初見で使ってから移調の練習に十分に活用することができれば、かなり実力をつけることができますので、使い方を工夫してどんどん活用範囲が広がるのが、この「バーナムピアノテクニック全調の練習」でしょう。
曲名や曲が幾分単純であることを考えると、内容としては子供向きの印象ですが、大人の方でもシャープやフラットが増えると苦手意識がある方には、この本をうまく活用されるといいと思います。
ただし、この教則本は全調練習の第一歩ですから、この本レベルの移調奏などが簡単にできる方は、さらに上の難易度の本を使用してレベルアップをはかることが必要です。
バイエルやツェルニー、バッハのインベンションなどとやっている方も調性は限られているので、実力に応じてこの本やギロック叙情小曲集を加えてみるのも方法のひとつです。