ギロック 叙情小曲集(改訂版) 解説付 作曲者による1991年改訂版
アメリカは20世紀にピアノ教育の分野が大変発達した国のひとつであり、このギロックも重要な作曲家の1人として、とても人気のある作曲家のひとりでしょう。
ギロックはおなじみの「こどものためのアルバム」など、多くのピアノ教則本や実践的な和音奏法の本などを出していますが、「叙情小曲集」はピアノ教育現場で最も多く使われている本のひとつでしょう。ブルクミュラー25練習曲くらいは弾けるけれど、もう少し異なった響きや曲想、少し大人っぽい表現、多くの調などの曲を弾きたいという人に、曲もどれも短めで好まれています。
尚、ギロックはこちらで紹介している、「キャサリンロリン」とも関係が深い作曲家です。
叙情小曲集(全調の24の小曲集)の内容
概要
沢山の作品やピアノ教則本があるギロックの中でも、程度から言っても子供から大人まで最も多く使われているのが、この全調24曲からなる「叙情小曲集」でしょう。
各曲にはそれぞれ題名がついていて、個性豊かな曲の集まりといった感じでしょうか。
難易度的には初級から初中級の曲集で、音楽的にも技術的にも少々異なりますがブルクミュラー25練習曲と同程度、曲によっては少し上の程度でしょうか。
曲の長さと特徴
小曲集ですから各曲はどれも短く1ページの曲が多いでしょう。最も短い曲で10小節の曲が2曲、長くても2ページの曲です。
24の調を使用して書かれており、曲の配列は基本的に同主調(ハ長調の後にはイ短調ではなくハ短調)となっています。
各曲を見ていきましょう
全24曲の中から、比較的親しみやすく上達にも効果的で弾き応えのある曲をいくつか見ていきましょう。
- 1 森のざわめき ハ長調
- 右手の上声がメロディーになっていますが、それ以外のハーモニーが曲の雰囲気をつくっている印象です。この曲を弾いてどんな森のイメージが浮かんでくるでしょうか。曲の始まりから終わりまでソフトペダルを使うのも特徴です。16分音符の弾き方に気を配ってみましょう。
- 2 海の風景 ハ短調
- 1ページの短い曲の中で、pp(ピアニッシモ)からff(フォルティッシモ)までの幅広いダイナミクスを表現する曲です。ヘ音記号とト音記号の両方が頻繁に変わるので、楽譜の高さの音を弾いているのか、譜読みの段階でしっかりとチェックしましょう。
- 3 十月の朝 ト長調
- わずか10小節の短い曲です。この曲の持つ雰囲気は、アメリカ的な懐かしさでしょうか、ほっとしたような気持ちでしょうか。短い曲ですから強弱もしっかりと表現できる余裕を持って弾きましょう。
- 4 荒れ果てた舞踏室 ト短調
- この曲集の中では、曲の雰囲気が古典的な教則本に最も近い感じなので、ギロックがはじめての方にも弾きやすい曲だと思います。左手のメロディーが課題とはなりますが、それほど難しくはないでしょう。きちんと弾けるなら好きな速さを見つけてみましょう。
- 5 伝説 ニ長調
- 和音の響きのバランス、ペダルのタイミングや深さなどの使い方が、この曲の課題と言っていいでしょう。手の感覚と耳で、和音が美しく響いているのか細心の注意を払って弾きます。次の段階のロマン派の曲を弾くためにも非常に練習になる曲です。
- 6 間奏曲 ニ短調
- この曲集の中では弾きやすい曲の一つですが、左右の手のひとつひとつのフレーズが大事です。指に繊細な感覚が必要ですから、指と耳をよく働かせて弾いてみましょう。
- 7 人魚の歌 イ長調
- 左手の動きをしっかりと練習することによって、右手のメロディーを余裕を持って歌うことができると思います。指使いとペダルを確認することも大切です。
- 8 夏のあらし イ短調
- 左手の動きに練習が必要となる曲です。指使いは指定されているとおり慣れるまで弾きましょう。fff(フォルティシシモ)もあるので、ピアノを十分に鳴らすように心がけたいものです。
- 9 色あせた手紙 ホ長調
- ピアノを少し弾いた方なら初見で演奏できてしまうかのような簡素な曲ですが、23番の「なつかしいバレンタイン」と同様に、古き良きアメリカの懐かしさのような思いがたくさん入っている曲想を感じながら味わって弾きたい曲です。内声の8分音符はバタバタとしないように気をつけて、全体の響きと流れを意識してみましょう。
- 11 月の光 ロ長調
- 「月の光」といえば、もちろんドビュッシーに同名のピアノ曲がありますが、この曲も影響を受けてそんなイメージでつくられたのでしょうか。
音の重なりの響きが大変美しい曲です。ペダルの使い方と音のバランスに配慮して、ピアノをきれいに響かせましょう。臨時記号が少し多いので譜読みのミスをしないように。単独で弾いても数曲のプログラムに組み込んでも良い曲です。 - 12 秋のスケッチ ロ短調
- 曲名のとおり、秋をイメージしやすいメロディーが曲の全体を流れます。ペダルを入れる箇所、入れない箇所があるので確認して演奏します。ピアニシモからメゾフォルテまでのダイナミクスもうまくつけて演奏しましょう。ギロックが初めての大人の方にもおすすめの1曲です。
- 13 中国人の行列 変ト長調
- フラットが6個の調ですが、弾いて分かるようにやさしい曲です。黒鍵を多く使うこの曲のような感じは、ピアノを習い始めた頃の子供が遊びで弾く中国風と似ているでしょう。
- 14 冬の風景 嬰へ短調
- どこか寂しげなメロディーが左右の両方にでてきて美しく歌う曲ですから、個々のフレーズ感も大事に、そして全体の流れを大切に。最後にはpppですが、響きを失わないように弾きましょう。
- 16 はちどり 嬰ハ短調
- この曲集の中では数少ない動きの速い曲です。右手16分音符の動きはそれほど難しくはないので、指定テンポの4分音符132くらいで弾けると曲の表現がうまくいくでしょう。
- 17 ダイアナの泉 変イ長調
- 右手の16分音符が泉らしさを表した動きですが、作曲者の指示は左手のメロディーをレガートで大きく歌うことです。左右のバランスが悪くでもそれなりに聴こえてしまう演奏になるので、左手の歌を常に意識して弾きたい曲です。
- 18 まぼろしの騎士 嬰ト短調
- シャープが5個の短調でしかもダブルシャープも頻繁に出てくるなど、一瞬ためらってしまいそうな曲ですが、アルペジオと和音の繰り返しですから、実際に弾いてみると難しさはあまりないでしょう。ppからffまでと幅広く、クレッシェンドが何度もあるなど表現勝負の曲です。
- 19 飛翔 変ホ長調
- 右手で1指が旋律を、他指が分散和音というよくある形ですが、これを苦手とする方も多く重要な曲です。左手はシンプルなので、右手に多くの意識を使うことができるという点では練習しやすいでしょう。演奏が小さくまとまり過ぎないように。
- 20 音もなく降る雪 変ホ短調
- 十月の朝と同じく短い曲ですが、素敵な曲名をどのような感じで表現するのか考えてみましょう。イメージを膨らませるといろんな感じに弾けるでしょう。こういった曲は呼吸感が非常に重要です。
- 21 夜想曲 変ロ長調
- 夜想曲という題名は、特定の形式や曲想があるわけではありませんが、この曲の場合はおだやかで温かみのある雰囲気の曲に思います。横の流れを大事に演奏して、音符一つ一つの響きも充分に感じて弾きましょう。
- 23 なつかしいヴァレンタイン ヘ長調
- 9番の「色あせた手紙」と同様に、古き良きアメリカ的な懐かしい感じや優しい雰囲気がする曲で、フォスターの曲想に似ているかもしれません。譜読みも弾くことも簡単ですが、4声になっていることも意識して弾けるようにしましょう。
- 24 魔女の猫 ヘ短調
- 16分音符を含めた速い動きは、猫の動きなのでしょうか。クレッシェンドとディミヌエンド、アクセントやスタッカートなどが多く、この曲集の中では短い曲ながらも濃い内容で少々難しく演奏者の力量が表れやすい曲です。
特徴と有効性
初級くらいで弾ける曲集でありながら、広い音域や幅広いテクニックの使用、全調で書かれている曲集であることなど、非常に工夫された内容になっています。各曲の個性と題名の付け方から、奏者各自がイメージを膨らませて演奏することによって、ピアノ世界が広がるでしょう。
ギロックのこの小曲集は教則本や練習曲集ではないので、有効性や不満点を述べるのは少し違うようにも思いますが、現実にはブルクミュラー25練習曲のような位置づけで使用されているピアノ指導者もいるようですから、以下に一応の簡単に書いておきましょう。
- 曲が短くて表情も豊か
- 最も短い曲は10小節ですから、シャープやフラットが多い調でも抵抗感が少なく弾き始められると思います。この曲集全ての曲を弾いても29ページです。
また、個々の曲には性格があり和声感も彩りがあるので、無機的になることなくピアノで豊かに表現するために有効でしょう。 - 同主調の配列
- 全調を弾くという時には、昔の教則本や練習教習、音階やアルペジオの本などでは「平行調」が普通でしたが、現在では「同主調(同名調)」を重視する傾向もあります。和声や臨時記号などの理解だけでなく、長調と短調の響きの違いなども実感することにも役立ちます。
- 指使い
- 指使いの指示が多くありますが、この曲集よりもさらに上の段階へ進む時にも役立つような、ピアノを弾く上での実践的な指使いが多数採用されています。曲の場面によってどんな指使いを使うと良いのかを、知識としても感覚としても身に付けることができるでしょう。
- ペダル
- ペダルの指示が細かくつけられていて、さらにソフトペダル(シフトペダル)の指示が多くあるのが特徴です。ラウドペダル(ダンパーペダル)をピアノの響きに注意して踏みかえることや、ソフトペダルをどのような箇所で使うと良いのかを、知識と聴感覚の両面から身に付けることができます。
- 技術
- 左手の旋律、速くて細かい動き、ゆったりしてペダルの使い方と響きが重視の曲、手の交差、装飾音符、多声的音楽、特定の指を保持しての奏法など、いろんな要素があるので、1冊を終える頃にはかなりの技術力がつきます。
このようなところが、ギロック「叙情小曲集」の主な特徴だと思います。初級から初中級くらいの小曲集ですが、ひとつひとつの曲がピアノ曲としての完成度が高い作品になっているのが特徴でしょう。
気をつけたい点
ギロックのこの小曲集は教則本や練習曲集ではないので、気をつけたい点としていくつか見ていきましょう。
上記のような特徴を持った叙情小曲集は、ピアノ音楽として楽しんで弾けて、さらに幅広い技術も習得可能な曲集ですが、気をつけたいいくつかの点があります。
- 譜読みに時間がかかる人もいる
- 初級で弾ける曲集だと思っていたのに、譜読みに時間がかかる人もいるようです。曲は短くて同時に弾く音もそれほど多くは無いのですが、バイエルやツェルニー100系などの単純な楽譜のみを弾いてきた人には、ギロックに慣れるのに時間がかかる場合もあるでしょう。
- 馴染みにくい曲想のものも
- これはギロックのみに言えることではありませんが、日本人には感覚的に馴染みにくい印象の曲がいくつかあります。題名と曲想がイメージと少々異なると感じる場合もあるかもしれませんが、それも含めて曲を楽しむような感じで弾くことができればいいでしょう。
- 指使いとペダルは指示どおりが基本
- これは練習曲集ではありませんが、指使いとペダルの指示は基本的には守って弾きましょう。ただし、手の大きさや感覚的な違和感を感じる場合などは指使いに工夫をしても良いですし、ペダルの入れ方にも演奏者自身の加減があってもいいでしょう。
- 表現力が問われる
- 上記の曲想とも関連しますが、ただ単に弾いただけでそれなりに聴こえる曲集ではないので、よく考えよく音楽を感じて弾くことが求められます。ピアノという楽器で表現するよい練習になりますから、一つの曲にじっくりと向き合ってみましょう。
こんなところに気をつけてみるとよいでしょうか。難しいことを考えなくても、曲集ですからまずは演奏者自身が楽しんで弾くことができればいいでしょう。
効果的に使用するには
叙情曲集は順番に弾いていっても、曲を単独で弾いても楽しいのですが、どのように使用すると効果的でしょうか。
初級教則本を終えたくらいの人が、ソナチネアルバムやツェルニー100番などを中心としたメニューを組んでいる場合に、このギロックを少し取り入れてみると、新鮮な音楽気分と異なる多様なテクニックを学べるので、大変有効に使えると思います。
また、既にブルクミュラー25練習曲などの曲名がついた練習曲集や曲集を使っている場合でも、ギロックを数曲弾くことによって、表現と技術の幅がより一層広がることが期待できます。
曲はどれも短くても内容が濃いので、中学生や高校生からピアノを始めた人や、大人の方のピアノにもギロックはいいでしょう。順番に全曲を弾くことが実力を高める道ですが、気に入った数曲のみを弾いても、十分に楽しめます。
発表会などで弾く場合には、この曲集を弾けるくらいの方がここから1曲のみを弾くと、少し物足りない感じになってしまうかもしれないので、複数曲を組み合わせるといいでしょう。例えば「音もなく降る雪」と「魔女の猫」、「秋のスケッチ」と「伝説」というように、演奏効果のある2曲または3曲くらいに組み合わせで弾くのもいいと思います。
もちろん、他の作曲家の曲との組み合わせもいいでしょう。
また、中級以上の実力がある人でギロックを弾いたことが無い方は、まず初見の練習で弾いてみてもいいでしょう。全調と多くの要素で作曲されているので初見練習に大変有効です。初見で弾いた後は、小品としてじっくりと1曲を仕上げてみると多くのことを発見できるかもしれません。
補足説明
ギロックはさまざまな曲集や教則本がありますが、この「叙情曲集」はそれほど子供向きといった感じでもありません。曲想や音域の広さなどからして、10代以降から大人向けといった印象もあるでしょう。
ショパンやシューマン、ドビュッシーなどの曲に取り組む前段階や、それらを弾いている頃にも適した曲集だと思います。この曲集の1曲をしっかりと仕上げる練習をすることによって、技術の確かさと繊細さ、表現の豊かさなどが身につくので、専門的にピアノを勉強しようとする方のレッスンにも数曲でもいいでのうまく取り入れてみてはいがかでしょうか。
ただし、人によってはギロックの曲の感じが、素直に心に入ってこないと感じる場合もあるでしょうし、曲によっては譜読みに抵抗感を感じる場合もあると思います。そんな時は無理して挑戦する必要はありません。もう少し実力がついたり、耳がいろんな音楽を受け入れるようになってから弾いてみても、また楽しいものだと思います。
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