近代フランスのピアノ曲を版(エディション)選びについて、考えてみましょう。
10数年前までは、近代フランス物は作曲家によっては1種類や2種類くらいの日本語版楽譜しか普通に市販されていませんでしたが、近年は多くの出版社から様々な楽譜が出てきて、選択の余地が広がりました。
ここでは、版選びの基本的考えで触れた考え方を元に、使いやすい版をみていきましょう。
近代フランス物の版選びの考え方
ドビュッシーやラヴェルなどに代表される近代フランスのピアノ作品は、指使いやペダル使いなどがそれまでの古典やロマン派の作品とは異なることも多く、原典版または原典に近い版であるデュラン版やジョベール版、エシッグ版などの輸入版や、日本語版でも参考ペダルが入っていない版のみで学習するのは、非常に難しいのが実情です。
そこで、基本的には演奏のためにしっかりとした校訂が入っている原典+校訂版のスタイルの楽譜(これについては版選びの基本的考えを先にお読みください)を使うといいでしょう。
ドビュッシーの版選び
まず、クロード・ドビュッシー(Claude Debussy)の楽譜の選び方をみてきましょう。
原典+校訂版のスタイルで大変使いやすい楽譜に、「ドビュッシーピアノ作品全集 中井正子 校訂 ショパン社」(このページでは便宜上「中井校訂版」とします)があげられます。
元となるデュラン社版などの底本が明らかにされていて、そこに音価やスタッカートやスラー、テヌートなどの校訂者の補足は〔 〕表示で区別して書かれているのが特徴で、信頼性のある楽譜となっています。
補足と言っても校訂者の独自の解釈ではなく、「既に登場した同じような音形などではドビュッシーがアーティキュレーションを書いてはいないが、一般的には同じアーティキュレーションとして弾かれる」という箇所などの補足の程度にしてあるのが、良いところでしょう。
指使いは、全般的に無理の少ない実用的な指使いが校訂者によって書かれているので、多くの方が弾きやすいと感じるでしょう。
また、ドビュッシーが特別に指使いを書いた箇所は、それとわかるように「注」として区別して書かれています。
ペダルの入れ方については、この中井校訂版は特の良いところです。ダンパーペダルはドビュッシーの響きを活かすような適度な踏みかえになっていますし、さらに「ペダルを半分あげて踏みかえる」という指示を、小さなペダル記号で区別して入れてあるので、前に弾いた音の響きを少し残して踏みかえるところがわかりやすくて実用的です。
シフトペダル(楽譜表記 u.c.)を入れる箇所が、現在のピアノと演奏に合っていると感じます。
さらに使いやすい特徴の1つとして、楽譜に表記されているフランス語の日本語訳がすぐ隣についているというがあげられます。
巻末などの解説に書かれている版なども多いのですが、楽譜中の書かれているというのは実際に使ってみると非常に便利です。
以上のように、ドビュッシーの中井校訂版は学習者はもちろんのこと、ピアノ指導者や演奏方の方までもが使いやすい原典+校訂版のスタイルの実用版となっています。従来のドビュッシーの校訂楽譜や原典版に近い版をお持ちの方も、この中井校訂版は大変参考になる楽譜だと思いますので、楽器店の楽譜コーナーで見てみてはいかがでしょうか。
さて、ドビュッシーの楽譜というと、日本では従来は「ドビュッシーピアノ曲集 安川加寿子 校訂 音楽之友社」(このページでは便宜上「安川校訂版」とします)くらいしか一般的には手に入らなかったので、学習者も指導者も演奏家でも「安川校訂版」を使うことが非常に多かったと思います。
フランス音楽に大変造詣の深い、名ピアニストの安川氏が校訂した版ですから確かに参考になる楽譜ではありますが、指使いに少し無理な箇所が多いことや、ペダルの入れ方が現在のピアノ演奏では現実的ではない箇所も多いと言えます。
例えば、指使いでは「ピアノのために」の「トッカータ」では、素早く弾くのは少々無理な指使いが書かれていると思われた方も多いでしょう。
しかし、「版画」の「雨の庭」での4指の連続など、曲想に合っている指使いも多いのが安川校訂版の特徴でもありますので、これは演奏者によっては大変参考になると思います。
ペダルでは、例えば「子供の領分」の「雪は踊っている」では、安川校訂版は冒頭は「Ped.なし」とわざわざ書かれていますが、現在では冒頭からペダルを入れるピアニストも多く、ペダルをたっぷりと入れないまでも浅く踏むなどの方が、ペダル無しよりも良いと思われます。
また、シフトペダル(楽譜表記 una corda)の指示が全般的にかなり多いのも安川校訂版の特徴ですが、例えば「ベルガマスク組曲」の「月の光」なども、una cordaが少し多すぎて、盛り上げる箇所などはこの指示よりも早めにシフトペダルを放したほうが良いことは、弾いて感じた方も多いでしょうし、他の曲でも同様です。
このようなことから、安川校訂版は現在のピアノ演奏には少々合っていないのが実情だと言えると思いますから、上記のような良質の版をメインに使いながら、指使いやペダルで迷ったときなどの参考として安川校訂版の見てみるくらいが良いのではないでしょうか。特に指使いは参考になる場合があります。
● ラヴェルの楽譜については、まとまり次第このページに追加掲載をする予定です。
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