初歩教則本を終える段階になって、次はどうしようと考えるときに、ル・クーペの「ピアノの練習ABC」(音楽之友社)を選択肢に入れる人もいるでしょう。
尚、音楽之友社の「ピアノのABC」と全音の「ピアノのアルファベット」は、指使いや曲の表記などに違いはあるものの基本的には同じ内容の本です。
このページでは、音楽之友社の「ピアノのABC」の方に合わせて解説をしています。
初級教則本がバイエルだと次はツェルニー100番などに進むケースが多いようですが、この「ピアノの練習ABC」はメトードローズを初級教則本として使用した方が次に進むことが多い教本です(その当たりの系統のことは、教則本の系統についてをご覧ください)。
ピアノの練習ABCの内容
概要
フランスのル・クーペによるメトードローズ教則本の後に使用する段階のピアノ教則本です。尚、ル・クーペはさらにその次の段階の教則本「ラジリテ」の作者でもあります。
ABCと名のついているように、曲名ではなく練習番号としてAからZまでがついている教則本タイプの練習曲集です。A〜Zまでの全25曲(Jが無い)。基本的に無題ですが、各練習曲は幾分単純さから抜け出しており、性格も備えています。
難易度的には初級教則本で、音楽的にも技術的にも少々異なりますがツェルニー100番と同程度という位置づけで、代わりに使用するピアノ指導者もいます。
曲の長さと特徴
各練習曲の前に、1段の予備練習がついています。これを繰り返し練習してから練習曲に入るようになっていて、予備練習をしっかり弾くことにより、後の練習曲をスムーズに弾けるようなつくりです。
予備練習を含めても1曲が1ページなので反復練習がしやすく、さらに25曲なので1冊を終えることがそれほど苦にならない練習曲本の厚さです(これは初級者にとって意外に重要)。
各練習曲をチェックする
25曲の中から、いくつか特徴があったり上達に効果的な練習曲をみてみましょう。
- A
- 最初の練習曲Aはハ長調の音階を元にした簡素なものですが、予備練習から少し特徴があります。上昇した音階の頂点がドではなくレになっているので、当然指使いも少し異なります。こういったところがこの本の面白さでしょうか。
- B
- 予備練習は、主音ではない音からはじまる音階の練習です。練習曲は、フレーズの弾き方を学びます。アクセントがついている音と、その後の音の関係を考えて弾きましょう。
- C
- 予備練習は、ト長調のスケールをレガートに弾きます。7度の和音からの次の和音への移行もスムーズに弾きましょう。練習曲も右手レガートに弾く練習です。デュナーミクの幅を十分にきかせて弾きましょう。
- E
- 予備練習の音階が主音と第3音で、左右の手で異なる音から始まります。特に難しくはありませんが、慣れていない人は多少とまどうかもしれません。練習曲はブーレというフランスの古い舞曲のスタイル。
- G
- 予備練習は右手スケールです。練習曲は右手のメロディーをレガートに弾きます。臨時記号に気をつけながら、響きの変化を感じて弾くとよさそうです。
- I
- 予備練習は3度の重音を弾きます。練習曲は3度のほかにも2度から7度のいろんな和音をスタッカートで弾く曲です。和音を同時に弾けるように十分練習したい曲。
- L
- 予備練習はスタッカートで指の強化を。練習曲は指で音を保持しながら弾く指の強化ですが、大変きれいな曲ですので、和音のバランスと横の動きも感じながら弾いてみましょう。
- O
- 予備練習も練習曲もトリルの練習です。特に練習曲では3指と4指のトリルが続くので、腕に余計な力を入れないように。最初はゆっくと弾いてみて、次第にテンポをあげてみましょう。
- P
- 予備練習も練習曲も同音の連打です。指使いに注意して、指の動きを確かめながら弾きたい曲です。指変えの連打があると、弾く前に構えてしまって固くなる人もいるので、リラックスが大切です。
- S
- 予備練習は3度の分散和音を両手で弾きます。練習曲は予備練習との関連性は薄く、左右の手が移動して交差するアルペジオです。ピアノ初級段階の人ではこうした移動が素早く出来ないことも多いので、よい練習になると思います。
- W
- 予備練習は特定を音を1指をで押さえたままで、他の指を弾く課題です。練習曲は左手のレガート奏法のための曲ですが、少し面白い感覚の曲だと思う人もいるでしょう。
- X
- 予備練習で両手で半音階を弾きますが、指使いに注意したいところです。黒鍵が3指のみではありません。練習曲はそれほど練習になるというほどでもないのですが、3拍子のリズム感を大切に。
- Y
- 予備練習も練習曲も2拍子で軽快に弾く曲です。練習曲の装飾音がある音は手の移動距離が少しあるので、音を外さないように。少し速めのテンポで仕上げられると良いと思います。
- Z
- 予備練習で左右のレガートを弾いてから、練習曲で実践です。練習曲は右手のレガートはもちろん、左手の音符の流れにも注意を払いましょう。
特徴と有効性
初歩の次の段階の初級の教則本なので、それほど難しい内容は含んでいませんが、同程度のツェルニー100番などと比べると、以下のような特徴と練習することによる有効性が挙げられます。
- 予備練習がついている
- 各練習曲の前に弾く予備練習は、1段の短い練習ですが、音階や半音階・同音の連打・3度の重音など、ピアノの基本的な奏法が凝縮されています。短いので、繰り返し十分に練習すると効果的です。
- 音階
- 予備練習に音階系が多く出てきますが、主音から始まる定型音階のみではなく工夫されているので、いろんな音階とそれに合った指使いを学ぶことができます。
- 指使い
- 音階やメロディー、伴奏など、あらゆるところに考えられた指使いがつけられています。これらを守って弾くことがひとつの課題でもあります。
- 和声感
- 曲自体は難しくなくても、和声が主要和音のみの単純さから抜け出しているので、耳で聴くことを重視しながらピアノを弾くことを学べます。
- 技術
- 手の交差、装飾音符、多声的音楽、特定の指を保持しての奏法など、いろんな要素があるので、1冊を終える頃にはかなりに技術力がつきます。3拍子の曲が多くのも特徴です。
このようなところが、ピアノのABCの主な特徴だと思います。初級の練習曲集という位置づけではありますが、ピアノ曲を弾くという要素が多いので、かなり実践を考えてつくられている印象です。
不満な点
上記のような特徴を持ったピアノのABCは、初級の練習曲として非常に有効性の高いものですが、いくつか残念な点もありそうです。
- 調性が偏っている
- 初級教本というせいもあり、調性がかなり偏っています。シャープとフラットが1個以下の調性が19曲と多く、シャープ3個が3曲、フラット3個が1曲、シャープ4個が2曲です。なぜかシャープもフラットも2個の調はありません。
多くの調を早い段階(初級者の段階)から学ぶのが主流の現在ではかなり物足りない印象です。 - 曲に厚みと躍動感が少ない
- 和音をドーンと弾く曲が少ないせいか、曲集全体を通して厚みがない印象で迫力に欠けます。きれいな曲は多いのですが、現代ではもっと躍動感のある曲を採用した教本も多くなり、少しも新鮮味が薄いかもしれません。
- 予備練習と練習課題の不一致
- 予備練習は効果的なもの多いのですが、本課題の練習曲の「予備練習」になっていない場合もあり、位置づけに不明確さを感じる場合があります。
ただし、関連性の薄い予備練習であっても、中身のある練習が多いので初級者には有効な場合が多いでしょう。
このようなところに少し不満を感じます。これらはいずれも他の曲集や練習曲などで補うことができますが、初歩教則本の後に、このピアノABC1冊のみではやはり物足りないでしょう。
効果的に使用するには
以上にように有効性と不満点をみてきましたが、どのように使用すると効果的でしょうか。
メトードローズやその他の初歩教則本に続く主体の教則本としてピアノABCを使用するならば、Aから順に全て弾いていくのが無難だと思われます。既に述べたように各曲は短いので、しっかり練習してもそれほどの期間はかからないでしょう。
初歩教則本の後に他の教則本や練習曲集を主体としていたり(ツェルニー100番やブルクミュラー25練習曲など)、曲を中心としたレッスンをしているならば、それにないタイプの曲や重要な練習曲を時々抜粋で弾いてみてもいいでしょう。
例えば、AやEやG、I・L・O・P・R・S・V・W・X・Y・Zなどの中から、適宜選択して練習してみると効果を得られると思います。
ピアノ専門ではない趣味のピアノの方にも、この教則本は向いていると思います。大人になってからピアノを始めて、バイエルなどを終えたけど後は何をやっていいのか迷っている方で、やはり教則本のように順番に弾いていきたい方は、ペースがゆっくりでもこの1冊を仕上げると、かなりの技量と音楽的な素養も身につくでしょう。もちろん、適度に抜粋で進めても良いと思います。
ドイツ系のピアノ教則本や練習曲で育った人は、ピアノのABCを新鮮に感じるようです。弾くのは難しくないのですが、指の使い方の感覚が異なるという人もいます。そういった方は初見でもいいので弾いてみると、勉強になるでしょう。
補足説明
ピアノのABCは幼い子供よりも、どちらかというと少し年齢が上になってからピアノを始めた人に人気がある印象です。初歩教則本の段階は終えたけれど、初中級くらいの曲を弾くまでにもう少し実力をつけたいと思われる方に、ちょうど良いくらいの練習曲集です。
ただし、各曲はそれぞれ異なった趣向で作られてはいますが、進むにつれて難易度があがっていく感じもあまり受けません。それが特徴でもあり、少し物足りなさを感じる人もいると思われます。
そういった点も踏まえて、どのように活用するのかは使用者やピアノ指導者の考え方や方針次第でしょうから、上手に取り入れてみるがコツです。
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