ツェルニーの使用ケースをみる
これまでに、ツェルニーの練習曲というのは、ピアノの基礎テクニックの習得を主目的にしていると述べてきました。ではこのピアノ基礎テクニックとは、どういったことでしょうか。
これは、ピアニストはもちろんですが、一応、他の人にまともにピアノを教えることができるような人は、当然備えてなくてはならない基礎的なピアノレベルのことで、練習曲の分野に限って言うと音階やアルペジオを一定の速さで無理なく安定して弾けることです。言い換えると、ある程度ピアノ専門の人ということができます。そのための標準装備ピアノテクニックです。
しかし、実際には生徒の目的や趣向を無視して、どんな人にもツェルニーの練習曲を課しているピアノの先生は多いでしょう。それは指導者の指導方法に問題があったり、生徒の適正を把握できていない証拠です。
そういった指導者は、本当は楽しくある程度のピアノ曲を弾ければいいと思っている生徒に対しても、平気で30番すべてが終了するまで弾かせているのです。
ここでツェルニー30番を弾きこなせていない例をあげてみます。
ケースその1〜ツェルニー30番をだらだらと3年
某ピアノ教室へ通うAさんは、高校生です。モーツァルトやドビッシーなどの曲のうち、それほど難しくないものについては自分で満足いくくらいには弾けています。ところが、中学の終わり頃から始めたツェルニーは、3年近くになろうとするのに、まだ残ってしまっていて、最後までもう少しです。
自宅での練習でもついつい後回しになってしまうので、1ヶ月に1曲くらいしか進みません。しかし、Aさんは指導者にはツェルニーをやりたくないと言い出せません。だからあと数曲まで来たことですし、このまま30番終了まではやるつもりです。
ケースその2〜ツェルニー30番を弾けていないが2年
高校生1年のBさんは、ツェルニー30番練習曲に取り組んでもう既に2年以上。しかも音楽大学を目指しています。しかし、基礎のピアノテクニックが身につくどころか、一定のテンポを保って弾くことができず、指定テンポの半分の速さでも弾けません。
ところが、1曲の練習曲を3週間か4週間のペースで着実に進んでいきます。もう20番くらいまではきました。ベートーベンの初期ソナタにも挑戦しています。このままピアノをやっていけば、2年後には上達しているとBさん本人は思っているようですが…・・・。
ケースをどのように考えるか
上記のケース1と2のような場合、どのように考えると良いのでしょうか。解決策はひとつではありませんが、順に考えていくと
ケースその1に対して
この場合、Aさんを指導しているピアノ教師のできる対策は複数考えられます。
一つは、Aさんが趣味で楽しく、モーツァルトやドビッシーも弾けているなら答えは簡単です。要するにAさんはツェルニーに興味が全くないのです。、ツェルニーにやる気がないと判断して、きっぱりとツェルニーをやめさせるべきだったでしょう。Aさん本人が言い出せなくても、進行度合いを見れば3年もしなくても判断できるはず。
もう一つは、Aさんはツェルニーが好きでないとわかっていても、基礎テクニックをつけることは結局はAさんのためになると指導者が思っている場合です。この場合はやはりツェルニーにこだわるべきでしょうか……
これは選択が指導者によってわかれるでしょう。あくまでツェルニーか、それともAさんはモーツァルトなどがきちんと弾けているのですから、その方向でも基礎的な指練習や音階などのテクニックは十分に鍛えることができます。
ケースその2に対して
Bさんのような例は多くないと思われるかもしれせんが、実はときどきあるケースです。音楽大学の学生などでも、ツェルニー50番やクラーマーなどの練習曲を現在やっていると弾いてもらうと、全くできていないのです。しかも本人に聞いてみると、ツェルニー30番や40番は一通りやったというから驚きです。
Bさんはその前兆の人ということになります。
このBさんのように、弾けていないのに番号だけが一応進んでいくという現象はよくありません。練習曲というものにきちんと取り組むことができていない生徒を生み出してしまいます。生徒もツェルニーを弾くということの意味も考えずに、現状を悪くないと思ってしまうのです。
そして困ってしまうのはベートーベンの初期のソナタなどを、最低限程度には弾けてしまうことです。例えば5番のピアノソナタ1楽章や1番の1楽章などは、指の動かし方に無理がかなりあっても、弾くだけならなんとかなってしまうからです。
こういった現象によって、ツェルニーのような練習曲と曲の関連性を意識することはできないでしょう。
ツェルニーの適正使用を考える
このようなケースでみたように、ツェルニーというのは実際のピアノ教育現場では、必ずしも生かされている練習曲集とはいえないのです。ケースは極端な例ではありません。ツェルニーをしっかりと弾けないのに番号のみを進める指導者や、面白くないと感じている生徒に対して、長期間に渡って弾かせている指導者はかなり多いのではないでしょうか。
これはどちらも場合も、ピアノ指導者のツェルニーや練習曲全般に対する理解不足と言えます。特にツェルニーはピアノ基礎テクニックの練習曲ですから、他のロマン派的傾向のある練習曲のように、少々遅く弾いても音楽的に意味があるようなものではないのです。
そこで、ここにツェルニー30番を使用する場合の生徒の適正やレベルというものを、あげてみましょう。
初級の教則本や練習曲がしっかり弾けている
ツェルニーに入る前段階の教則本や練習曲などを、止まったり弾きなおしなどせずに、指定テンポで正確に弾けているか。これができていない状態ではツェルニー30番には入れない。
使用者がピアノ専門志向である
ピアノを習っている生徒(独学なら本人)が、音楽大学や音楽系の専門学校などへの進学を考えているピアノ専門志向の人か。または将来その可能性があるか。もしくは趣味でもそのレベルに達したいと考えているか。
使用者が練習曲の目的を理解している
ピアノを習っている生徒(独学なら本人)が、ツェルニーを使用する目的を十分に理解して、場合によっては面白くないものだとしても続けられるか。
基礎テクニックを身に付ける時期
ピアノを習っている生徒(独学なら本人)が、既にほどほどの基礎テクニックを身に付けていて、それをさらに強化していくことが優先される時期なのか。
基礎テクニックへの理解
ピアノを習っている生徒(独学なら本人)またはその指導者が、音階やアルペジオのピアノ奏法に関して、正確な理解をもっているか。これがないとツェルニーを1冊仕上げたつもりでも無駄になる可能性は否定できない。
このような項目にチェックが必要だと思われます。つまりこの項目をほとんど(できれば全て)を満たしている場合にのみ、はじめて練習メニューにツェルニーが選択肢に入ってくるのです。
続きはこちら→ツェルニーについて4ツェルニーが必要な人とは