一流ピアニストが生徒にレッスンする様子を再現したようなNHKの番組
「スーパーピアノレッスン」
NHKスーパーピアノレッスン トルコ 情熱の巨匠 フセインセルメット
2009年12月~2010年3月 (NHKシリーズ)
について、番組の感想などをレビューしていきます。
2009年10月〜2010年3月にかけて放送されたシリーズは、トルコのピアニスト「フセイン セルメット」氏による、リスト「ピアノソナタロ短調」やムソルグスキー「展覧会の絵」などのピアノの大曲のレッスンです。
ピアノソナタ第30番ホ長調 ベートーヴェン
ベートーヴェンのピアノソナタの中でも晩年の連番3作品(30〜32番)の中の1つの30番のピアノソナタです。
「悲愴」や「月光」、「熱情」といった有名なソナタのほどではありませんが、ピアノリサイタルでの頻繁にプログラムに入るので弾かれることも多い曲ですが、内容が大変充実していて難しい曲です。
放送 2010年1月〜2月
生徒役のニマ・サルゲシクさんの演奏はどうだったでしょうか。
サルゲシクさんは既にこのピアノソナタの音楽の方向性というものを自分なりにある程度イメージが出来上がっているような演奏にも聴こえましたが、セルメットの音楽の方向性とは必ずしも一致していなかったために、第1楽章の冒頭から何度も弾き直しを指示されることになってしまいました。
1楽章の冒頭は、サルゲシクさんが弾いていた(言っていた)ように弾いているピアニストも、現代にも過去の巨匠達にもいるように思うので、間違っているというわけではないでしょうが、セルメットはもっとモティーフを繊細に弾きながら大きなフレーズで音楽をつくっていくという方向を指摘していたので、意見が合わなかったと思います。
2楽章のセルメットの指摘は主に全体のバランス、左右の調和、内声と外声の調度良い比率など、多くの点でバランスに重点を置いていました。
セルゲシクさんの演奏はバランスが悪いというほどの音のバランスが崩れた演奏でもなく、聴く人によっては充分にバランス感覚の優れた演奏に聴こえるという人もいたかもしれませんが、セルメットはもうワンランク上の次元でのバランスを追求していました。
同じ箇所を何度も弾いているうちに、かなりそのレヴェルまで近づくこともありましたが、なかなかそうならないことも多く少々苦戦していたようです。
第3楽章はきれいにまとめるのが難しい多声の変奏なので、サルゲシクさんもまだまだ消化出来ていない部分があったようです。
特にどのように歌うのか、どのような変化をつけて聴かせていくのかのイメージがまだ未完成の状態だったので、セルメットからは再三指摘を受けていました。
さらに、セルメットは全体を通してペダルの使用方法についての言及も多かったように思います。
古典(クラシック期)のピアノ曲でも現代のピアノではダンパーペダルを効果的に使用することの重要性、さらにシフトペダル(左のペダル)を上手に活用して表現の幅を広げることを提案していましたが、これらはピアノ愛好者も参考にできることでしょう。
組曲「展覧会の絵」 ムソルグスキー
ピアノリサイタルで演奏されることも多いムソルグスキーの大曲の「展覧会の絵」が課題曲です。3回に分けて放送されました。
生徒役はロシアのデニス・コジュヒンさんです。(※ コジュヒン(コジュキン)さんは、その後2010年5月に開催されたベルギーのエリザベト王妃国際コンクールで優勝しました)
「展覧会の絵」はピアノ曲ですが、ラヴェルによるオーケストラ編曲版の方がよく知られているので、原曲がピアノ版だとは知らない方もいるようですが、近年はピアニストによく演奏される重要なレパートリーとして定着しています。
放送 2009年 12-15 2010年 01/8 01/15
生徒役のデニス・コジュヒンさんの演奏はどうだったでしょうか。
パワフルでテクニックも十分に備えているピアニストですが、表現がどの曲もストレートな感じがしました。
例えば最初の「プロムナード」は速めのテンポで進んで行くように演奏していて、それも悪くはないと思いますがフレーズ感に乏しい弾き方のように感じます。
すぐにセルメットの展覧会場に入る時の想像力の指摘がありましたが、演奏が単純にならないことはやはり大事です。
次の「ノーム」でも同じように、雰囲気作りのためのアドヴァイスがいくつかありました。
「チュイルリーの庭」でも想像力を持って弾くことの重要性をセルメットは強調していました。コジュヒンさんは全く破綻無く弾けているのですが、タッチ感の軽さや深さの加減が指示の後はとても良くなったように思います。
「ブイドロ」では、セルメットは弱音ペダル(シフトペダル)の使い方について「音色を変える」ということだと説明し、フォルテでも弱音ペダルを使う場面もあることなどいろいろな例をあげて説明していましたがとても重要なことでした。
「バーバーガヤーの小屋」や「キエフの大門」といった曲では、コジュヒンさんはフォルテで同じように弾きとおしてしまっていましたが、何度も指摘されていたように音色や音のバランスということはフォルテが続く中にもありますが、セルメットの指示があってからはフォルテの中にも表現力がついてきて、非常に説得力のある演奏になってきたと思います。
今回のコジュヒンさんは見かけからもわかるように、ダイナミックに音を出せるピアニストであり、テクニックの質も現代のピアニストらしくとても高水準で躍動的なものを持っています。
最初はその持ち味を前面に出しているようなスポーティでストレートな表現でしたが、セルメットのレッスンで音色の使い分けもかなり出てくるようになりました。
セルメットが「音色とバランス、細部」を気をつけたら驚くべき演奏になると言っていましたが、コジュヒンさんはセルメットのアドヴァイスにもすぐに反応できる能力の高さもあるので、これからがとても期待されるピアニストでしょう。
「ピアノソナタ ロ短調」 リスト
ピアノリサイタルで演奏されることも多いリストの大曲の「ピアノソナタロ短調」が課題曲です。3回に分けて放送されました。
生徒役はスイスのテオ・ゲオルギューさんです。
リストは、ピアノソナタと名のついている曲をこの1曲のみしか残していません。ロマン派の時代になってくると古典の時代よりもソナタという形式のピアノ曲は確かにあまり作曲されなくなり、より自由なピアノ曲が増えていきましたがショパンやシューマンやブラームスといった作曲家も複数のピアノソナタを残していることを考えると、リストの1曲のみというのは少ない感じもしますが、難曲でもあり大曲の名曲です。
放送 2009 12-4 12-11 12-18
生徒役のテオ・ゲオルギューさんの演奏はどうだったでしょうか。
まず、セルメットが何度も言っていたようにゲオルギューさんは「簡単に弾きすぎている」というのは、そのとおりでしょう。
ゲオルギューさんは、セルメットと比べると表現の幅やフレージング内での歌い方が、まだ狭いようです。
非常に高度なテクニックを持っているので、一般的にテクニックの難所だと思われる箇所も余裕で弾いているのは良いことですが、内面からの表現をピアノの音として、音楽として演奏するという領域まで持っていくためのテクニックの使い方が、もう一歩足りないように思います。
ですから、高速のパッセージでテクニック不足からムラになるようなことは無いのですが、それがかえってただ通り過ぎてしまうような演奏になってしまうことが時々あるので、セルメットも「均等に弾き過ぎないで」と何度も指摘していたのは、まさに当たっているように感じました。
セルメットは「私は少々大げさ過ぎる」といっていましたが、表現は演奏者が思っているほど聴き手には伝わらないので、少し大げさ気味の表現を意識して練習することは重要です。これは曲が大きくなってくるとますます大事なことでしょう。
ゲオルギューさんも、レッスンの後半にはセルメットが要求する内容にすぐに反応できる場面もあり、音の方向性や歌い方についてかなり意識できているように感じました。
ゲオルギューさんは既に国際的に活躍しているピアニストですから、今回の番組の企画レッスンでさらに活躍の舞台を広げて欲しいものです。
- お断り
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