ピアノ関係の作曲家の「ピアノ豆知識」。
今回はラヴェルを取り上げてみましょう。 近代フランスを代表する作曲家ラヴェルのピアノ曲は、テレビでドラマやCMなどのバックに流れていることも多いので、聴いたことがある方も多いと思います。趣味のピアノ弾きにとってはテクニック的に難しいと感じる曲が多いと思いますが、ピアニストの重要なレパートリーとなっています。
ラヴェルについての生涯や作品などの詳しい話については、研究家の方にお任せするとして、ここでは主要ピアノ作品や一般のピアノ愛好者が実際に弾ける作品について考えてみます(名前の表記は「ラヴェル」と「ラベル」の両方ともに一般的ですが、このページでは「ラヴェル」で統一しています)。
ラヴェル Maurice Ravel
略歴
1875年3月7日 シブール生まれ〜1937年12月28日パリにて没する。自動車事故にあった晩年は、不幸な日々だったらしい。
近代フランス音楽の大家ですか?
ラヴェルは幼い頃の神童的な活躍は無いものの、はやくから音楽の才能を発揮して、16歳でパリ音楽院に入学(14歳でパリ音楽院予科に入学)、フォーレなどに作曲を師事したほか、当時の有名なスペイン出身のピアニストであるリカルド・ビニェスなどとも知り合いになり、その才能を一層豊かなものに開花していきました。
ピアノ曲以外にも、バレエ音楽「ダフニスとクロエ」や「バイオリンとチェロのためのソナタ」、「ツィガーヌ」、「ボレロ」など、名曲と言われる作品を生み出しているが、作品数自体は多くはありません。
精巧で緻密、フランス的な香りと時には情熱的な動きや多彩な変化もあるラヴェルの音楽は現在でも非常に高く評価されています。いつくかのスペイン風の作品は、母親がバスク地方出身だった影響があると言われています。
作品について
非常に完成度の高い作品がラヴェルの特徴であり、その精巧さは時にはスイスの時計にも例えられるほどですが、その作風が「冷たい感じがする」と言われることもあるようで、このあたりが好みの分かれるところかもしれません。一方で、スペイン風やロマの音楽を取り入れた作品もあり、このあたりがラヴェルの音楽の面白さとも言えるでしょう。
ラヴェルの音楽は、同時代で少し先輩のドビュッシーとよく比較されます。この2人の音楽には、俗に言う「印象派」や「印象主義」のような響きを持つ作品があるので、似たようなイメージを持っている人もいるでしょうが、2人の作品をより多く聴いたり実際に弾いて知ってみると、意外にも2人に似通った面や共通点は少ないような気がします。
ピアノを曲を弾いてみよう
一般のピアノ愛好者でも弾ける曲は?
ラヴェルのピアノ曲は、一般のピアノ愛好家にとっては難しい曲が多く、しかも一般的なピアノ的な動きではない動きも多いのが特徴だと言えます。
一般的には「ソナチネ」などに挑戦される方が多いかもしれませんが、他にもがんばり次第では弾ける曲もありますので、ワンポイントの曲目解説をしていきましょう。
そこで、趣味のピアノ愛好者でもある程度のピアノ経験があり、ショパンのワルツやモーツァルトのピアノソナタ、ドビュッシーの「2つのアラベスク」など(曲の傾向は異なりますが一応の目安です)か、もう少し実力が上の人くらいが挑戦できそうなラヴェルのピアノ曲をいくつかみていきましょう。難易度を★の数で表していて、1から7です。
ソナチネ SONATINE
ラヴェル ピアノ曲集(1) 古風なメヌエット、亡き王女のためのパヴァーヌ
3楽章からなるソナチネです。ソナチネというのは「ソナタの簡単なもの」(クーラウやクレメンティのような)ではなく「規模が小さめのソナタ」ですから、簡単という意味ではなく、このラヴェルの「ソナチネ」も、テクニック的に簡単はありません。
古典的な様式でありながら、曲全体にラヴェル独特の緻密さと清新さも感じられる傑作です。
- 第1楽章
- ハープを思わせるような響きの第1楽章は、随所に右手で弾くのか左手で弾くのか迷ってしまう箇所がありますが、どちらの手がいいのがいろいろと試してみるといいでしょう。手が小さい方は特に余計な力が入りやすいので注意が必要です。終盤に譜読みミスが無いように。 ★★★★(4.4くらい)
- 第2楽章
- メヌエットを思わせるような、どこか懐かしい中にも工夫されたラヴェルらしい響きもある2楽章は、テンポがゆっくりなので練習すれば中級者でも十分に弾ける曲ですが、音のバランスには細心の配慮が必要です。ラヴェルを弾く時に最初に曲に選ばれる方も多いでしょう。 ★★★★(3.8)
- 第3楽章
- 1楽章と同様にハープの響きようでありながらもリズムが躍動的で活発に進んでいく3楽章は、ピアノでは弾きやすくない動きが随所にある中で、ある程度の高速なテンポで弾くことが要求されるために、完成度の高い演奏をするためには、かなり鍛えられたテクニックと手の使い方の工夫が必要となります。
細かい動きをゆっくりとしたテンポの練習でしっかり確認してから、少しずつテンポをあげていきましょう。難しい動きが多いので、人によってはショパンのエチュードのいくつかよりも難しく感じる場合もあると思います。 ★★★★★(5.4)
クープランの墓 LE TOMBEAU DE COUPERIN
6曲からなるピアノ組曲です。フーガやリゴードンなど、クープランの時代のような組曲形式にしていますが、一つ一つの曲はラヴェル独特のピアノ曲に仕上がっています。
ラヴェル ピアノ作品全集 第3巻 (zen‐on piano library)
この全音のラヴェル全集第3巻には「クープランの墓」の他に「古風なメヌエット」と「ボロディン風に」なども入っています。
- プレリュード
- 細かい動きが常に続いていくプレリュードは、指の回る人にとってはそれほど難しい曲ではありませんが、PP(ピアニシモ)の中での流れの良い動きが1つのポイントとなるでしょう。 ★★★★(4.2)
- フーガ
- 一見それほど複雑そうに見えるこのフーガは、実はこの組曲の中でもトッカータの次ぐ難しさと言ってもいいでしょう。全てに計算つくされているかのような完成度の高いフーガですから、ひとつひとつの声部の役割を把握し、ヨコの流れも感じながら練習することが大事です。 ★★★★★(4.6)
- フォルラーヌ
- どこか懐かしいような不思議な雰囲気を持っているフォルラーヌは、技術的には困難な箇所がないのでこの組曲の中では取り組みやすい曲ですが、ペダルの入れ方に注意してみましょう。また、臨時記号が多いのでしっかりと譜読みをしましょう。 ★★★★(3.8)
- リゴードン
- リズムが特徴のリゴードンは、前後半と中間部との雰囲気の対比が特徴です。歯切れの良いスタッカートで弾くためにはある程度のテクニックが必要ですが、全体的にはそれほど困難な箇所はありません。和音はしっかりとつかめるように。 ★★★★
- メヌエット
- きれいな流れと遊び心も感じるメヌエットは、響き勝負の曲と言えそうです。指の動き的にはこの組曲中最も弾きやすい曲ではありますが、リズムを感じながらスムーズな流れの中で弾くためにはある程度練習が必要です。 ★★★(3.4)
- トッカータ
- 同音連打から始まるトッカータは、ラヴェルのピアノ作品の中でもトップ3に入るほどの難曲ですが、テクニックのある人がしっかり弾くと演奏効果も抜群です。同音連打はどの指使いが良いのか試してみましょう。また、素早い手の移動や掴みにくい和音などの箇所は、まずはゆっくりとしたテンポで確実に動作を覚える必要があります。
歯切れの良いトッカータに仕上げるためには、終始リズム感が大事になります。臨時記号が多いので譜読みもしっかりやりましょう。 ★★★★★★(6.0)
ピアノ小品など
組曲やソナチネなどの比較的規模の大きな作品だけではなく、単独の小さなピアノ曲もあります。中でも「亡き王女のためのパヴァーヌ」はとても有名です。
ラヴェル ピアノ曲集(1) 古風なメヌエット、亡き王女のためのパヴァーヌ
- 古風なメヌエット
- ラヴェルのピアノ曲はある種の弾きにくさを持っているのですが、この古風なメヌエットも中庸のテンポで弾く曲としてはかなりの難しさがあります。
指使いの工夫とペダルの入れ方をよく吟味して、少しでも弾きやすい手の使い方を研究してみましょう。前後と中間部の響き違いにも気を配りたい曲です。 ★★★★★(5.0) - 亡き王女のためのパヴァーヌ
- ラヴェルのピアノ曲の中でも最も有名な曲の1つですが、オーケストラ版の方がよく耳にするかもしれません。
ピアノ曲としては同じメロディーの繰り返しをどのように弾くのかがポイントとなってきます。和声のバランスやペダルも大事なので、よく聴きながら弾きましょう。中級者が弾く場合にはテンポがあまり遅くならないように注意が必要です。 ★★★★(3.8)
この全音のラヴェル全集第3巻には「古風なメヌエット」と「ボロディン風に」の他にも「クープランの墓」なども入っています。
- ボロディン風に
- 1分半ほどの短い小品ですが、アンコール曲のようにも使える素敵な1曲です。 ★★★★(3.6)
ピアノ選曲と演奏のポイント
中級くらいの方がフランス近代ピアノ曲を弾く時に、いきなりラヴェルに挑戦するのは少し難しいかもしれませんが、まず弾きやすいのは「ソナチネ」の2楽章ではないでしょうか。
それから「ソナチネ」の1楽章や「クープランの墓」のプレリュードやメヌエットなどで、ラヴェルのピアノ曲に少しずつ親しまれるのが良い道のように思います。
以前はデュラン版などの輸入版楽譜のみだったラヴェルのピアノ曲ですが、最近は校訂が入った国内版の楽譜もいくつか出ているので、そららの指使いやペダルを参考にすると学習の手助けになるでしょう。
ただし、指使いは校訂楽譜のそのままで弾きにくい場合には、いろいろと試しながら弾きやすい方法を見つけていく必要があります。ペダルはいつも響きに注意しながら、踏みかえと加減に気をつけて演奏しましょう。
鑑賞に、参考に聴く
誰の演奏が良いのかというと、それは最後は好みですから、なんとも言えませんが、数枚の名盤をあげてみると。
ラヴェル:ピアノ曲全集 |
ラヴェルのピアノ曲全集といえば、まずはこのパスカル・ロジェが弾くものが思い浮かぶという方も多いと思います。 キレのいいシャープなテクニックで、曲によっては適度に抑制の効いた表現からダイナミックな鳴らしまでラヴェルのピアノ曲の様々な面を聴かせてくれます。 |
ラヴェル:ピアノ曲全集 第1集 |
ショパンを得意とするイメージの強いフランソワですが、お国ものであるラヴェルやドビュッシーでも素敵な演奏を聴かせてくれます。 現代のピアニストの強靭でシャープなテクニックで弾くラヴェルに比べると、フランソワの演奏は難曲である「クープランの墓」や「夜のガスパール」では少し危うい演奏なのですが、それでも独特の世界観のピアニズムは素晴らしいものがあります。 |
ラヴェルに対する素朴な疑問
よく言われていることに関して、ちょっと考えてみましょう。
「魔術師」か「頭脳的」か?
ラヴェルにはオーケストラ作品に「ボレロ」や「スペイン狂詩曲」、バレエ音楽「ダフニスとクロエ」、そしてムソルグスキーのピアノ曲「展覧会の絵」のオーケストラなどがあり、独自の色彩感豊かなオーケストレーションと躍動するようなリズムの曲が有名ですから、「オーケストラの魔術師」と言われることもあります。
その一方でピアノ曲では「ソナチネ」や「クープランの墓」などはその様式も古典的であり、響きの中にラヴェル独自の色彩感はあるものの、どこか冷たいような印象とか頭脳的な音楽などと言われることもあり、オーケストラの大規模作品とは作風が異なっていると思われるかもしれません(「クープランの墓」はラヴェル自らオーケストラ編をつくっていますが、ピアノ的なフーガとトッカータは含まれていません)。
この「色彩感豊か」と「頭脳的で冷たい感じ」という相反する指摘は、どちらもラヴェルの特徴でありどちらかが間違っているわけではないでしょうが、以前は少し淡々と弾かれることの多かったラヴェルの古典的な作風のピアノ作品も、ラヴェルの実像が少しずつ明らかになってきている今では表情豊かに弾かれることが多くなっているように思います。
曲について
ラヴェルは短い曲を作曲する時にでも時間をかけて、何度も推敲を重ねたと言われているように、作品数自体が多くありません。ピアノ曲も全集がCD2枚に収まっているくらいです。
しかもアマチュアのピアノ愛好家や子供用に作曲した作品はほとんどないので、ピアノ曲はごく短い作品やシンプルに聴こえる曲も難しさが秘められていて簡単にことはできませんが、ゆったりとしたテンポの曲は練習の期間をかければ中級者でも十分に楽しむことができるでしょう。
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